聖書「天地創造」神話の驚くべき解釈
 by 中小路駿逸氏     (2015/4/8〜2016/5/1更新)

旧約聖書、創世記にある天地創造は映画にもなり、キリスト教徒以外にもよく知られている。
しかし、あの説話にはある大きな矛盾があるということは余り話題にならない。
私も特に気にした事はなかったが、中小路氏によって20数年前に指摘され、また合理的な解釈がなされていたのをみて驚いた。
その矛盾というのは、太陽が作られる前に、昼と夜、そして「一日」という概念が出来ていることである。

簡単に書くと、

第一日・・・初めに天と地を創造し、光を作り、昼と夜を作った
第二日・・・大空と、その下に水を作った
第三日・・・海と陸を造り、草と木を陸地に作った
第四日・・・太陽と月と星を作った
第五日・・・各種の生き物を作った
第六日・・・家畜を作り、人を作り、男と女を作った
第七日・・・休息した

(下に聖書本文)

つまり4日目に太陽を作るまえに、昼と夜が作られ、「三日」が経っている。
地球上で見える自然光の殆どは太陽が元になっていて、また昼と夜は太陽が空にあるかどうかで決まる。
所が、太陽が出来る前に、昼が3回来ていたのだ。

なぜ太陽を先に作らなかったのだろうか。古代人だって、太陽が決定的な存在だという事は分かるだろう。

これについては明確な説明はキリスト教会側にもないらしい。まあ、不合理ゆえにわれ信ず、という世界だから、必ずしも説明は必要とされなかったのかもしれない。しかし、それはキリスト教会設立以降の信徒の信条てあって、旧約聖書が作られた時の信条とは言えない。恐らくだが、当時としても世界を合理的に説明しようという態度はあったのではないだろうか。この天地創造の説話自体がそれを目指したものだろう。

この矛盾に関して、中小路駿逸氏が、「海と人と王権と」という論文で鮮やかな説明をされている。
以下はその説明の骨子部分の要約である。

ーーーーーー要約ーーーーーーーーー

これは天地の「創造」の描写ではない。
そうではなくて、ある嵐で流された子供の認識の順序を描いたものである。

あるとき、暴風雨が起き、ある地域が水に覆われ、子供が小舟などに乗せられて流された。
その子供が気がついてから、状況を認識していった順序が描かれている。

最初暴風雨の為に、天も海も見分けが付かない状態だった。
しかし、それが収まってきて、雲を通じて光が見え、昼と夜が認識できるようになった、第一日。
雨が上がって空と海が分かれて見えるようになった、第二日。
陸が確認され、その上に植物などが見えた、第三日。
空がやっと晴れて、太陽や月、星が見えるようになった、第四日。
海が凪いで、魚などが見え、鳥も飛んでるのが見えた、第五日。
陸に上がり、必要な獣を探し、人を見つけ、男女がいるのが分かった、第六日。
そこで生きていけるのわかり、安心して休息した、第七日。

ここで、その主人公は子供でないといけない。なぜなら、大人であれば、その前の記憶があるから創造という認識にはならない。子供であれば、記憶は消え易く、とりわけ3歳時以前の記憶は残らない。
そしてその子供はある集団の始祖となって、自分の記憶を天地の初めの記憶として伝えた。

ーーーーーーーーーー要約終りーーーーーーーーーーーーー
『シンポジウム 倭国の源流と九州王朝』(1990年発行、新泉社)所収。

以上は、当論文の聖書に関するごく一部分の要約である。他にも日本の国生み神話への言及や、聖書外典、ヘブライ語の用法などへの細かい言及もある。

(5/25追記)
この解釈のポイントは、2日目かもしれない。下の聖書本文から引用すると、

1:6神はまた言われた、「水の間におおぞらがあって、水と水とを分けよ」。
1:7そのようになった。神はおおぞらを造って、おおぞらの下の水とおおぞらの上の水とを分けられた。 


つまり、この世界はできた時は水に溢れていたのだ。水は命の根源だから、なんて解釈がされるのかもしれない。しかしユダヤの民がいたのは、砂漠地帯である。一面の海なんて状況を、彼らがこの世の最初の状態として想定するというのは、不自然ではないだろうか。モーセが紅海を渡った時だって、あれは陸地の間に入り込んでる障害物でしかなかったのだ。これがユダヤ人の作った神話ではなくて、オリエントの他民族の作ったのを借りたものだとしても状況は同じだ。

しかも海だけの問題ではなく上にも水があったのだ。恐らくは、雨、あるいは雲をさしてるのだろうが、そもそもあまり雨は降らないはずなのだが。ここで出てくる「おおぞら」は多分、青空とかではなくて、上空の空間をさしているのだろう。この解釈に則れば、それまで風雨の為に海と雲などが見分けが付かなかったということになる。

通常、自分達の住んでる状況を元にして天地の初めを考えるのではないだろうか。最初に創られた景色が水に覆われた海というのは、この地域の人々の感覚として不自然ではないのか。なぜ普通に大地、あるいは砂漠にしなかったのか。じゃあ、この解釈の洪水はどうなんだ、という事になるが、破滅的な災害というのは、稀には起こる。それは通常は有り得ないような状況をもたらすこともあるだろう。そういう災害に遭遇して生き延びた子供がたまたまいた、という事になる、この解釈では。しかし、それは恒常的なこの世界ではない。神が創るのならば、普通の世界を作るはずではないだろうか。

(6/13追記)
旧約聖書では人類は二度作られている。
この天地創造と、アダムとイブの話で。天地創造の時点で人は既に存在している。そして改めて、アダムとイブが作られる。なぜ二度なのか。
これはこの解釈では明解に説明できる。洪水が起こって、辿りついた陸地には既に人がいた、当たり前だが。しかし、その後、教義として改めて人類の存在を説明する必要があったのだろう。当時の価値観に合わせて。男の一部から女が作られた。だから当然、アダムとイブの話は論理的には天地創造の前になる(笑)。しかし、洪水の前と考えれば別におかしくはない。

しかし、この説話を本当に天地創造だと考えれば矛盾してしまう。明らかにおかしい。すでに陸地にいた男と女は何なんだ、ということになってしまう。第6日の最初の頃の短時間にアダムとイブは作られたのだろうか。エデンの園や、りんごや蛇の話は、一瞬の内に起きたのか。素粒子の世界のように、時間のスケールが違うのだろうか(笑)。

(7/30追記)
「夕となり、また朝となった。第※日である。」・・・なぜこの順序なのか
これについては、特に意味は無いのかもしれない。ヘブライ語の語法なのかもしれないし、口調の問題かもしれない。一日の始まりと終わりをいつにするかは、その民族の慣習によって違うだろう。
しかし、気になる言い方ではある。これを敢えてこの暴風雨仮説によって説明すれば次のようになるだろう。

暴風雨で海は荒れている。小船は波間で翻弄されている。そんな時に夜が来たら、恐怖心はいや増すだろう。夜の間生きた心地はしないだろう。やっと朝になっていくらか安心する。夜を通過してやっとその日を無事に生き延びられたという事になる。そこで第※日が終ったと言える。

(2016/5/1追記)
「神の霊が水のおもてをおおっていた」・・・「神の霊」とは何か
昔最初に聖書を読んだ時不思議に思ったのがこれだった。他に出てくるのは、神以外は自然のものである。これだけが何の説明もなく突然出てくる。それも「水のおもて」に。世界を覆うとか充満するとかいうなら分かるが、なぜ「水のおもて」なのか。

これはこの暴風雨仮説で言えば明らかだろう。靄、水の飛沫、つまり小さいな水滴が空気中に浮遊していたのだろう。激しい雨で海水が飛び散っていたのだ。あるいは、温度差による水蒸気の水滴化もあっただろう。それらは確かに、水面近くにあって、一帯を覆っていたのだ。それを、後世の説明で霊と言った。

(以上、追記終り)


関連する事項など

 紀元前1千年以上前に、地中海、オリエント方面でなんらかの水害が起きた事は事実らしい。オリエントの多くの神話に洪水伝説がある。その原因となるものとして考えられるものは、一つには、紀元前2900年頃に、トルコの山に降った雪でチグリス川が大氾濫を起こしたことがあるとか。また地中海のサントリーニ島火山が紀元前1600年頃に大爆発し、火口が陥没して周辺地域に大水害を起こしたことなど。これがアトランティスの伝説の元になったという説もある。

 この発表に付加されている質疑によると、第二次大戦前、アメリカでこれに関係した裁判があったらしい。ある教師が学校で進化論を教えたことで訴えられた。弁護士は、聖書は合理的でないから進化論を教えてもいいはずだ、という理由として、太陽が4日目に作られてるのに、その前に3日が経ってるという事を例にあげ、勝訴したらしい。

 縄文海進・・・これはこの話とは直接の関連はないが、縄文時代初めに急激な海面の上昇があったことが知られている。100mほど海水面が上がったらしい。当時は、千葉県は島、大阪平野は海の下、内陸部に貝塚が残っている。対馬海流が日本海に入ったのもこの頃。それまでは、新潟辺りは乾燥して雪も多くなかったとか。雪が増えたのは暖流から出る水蒸気のせい。最近の温暖化論で違和感を感じるのは、本来地球の環境は一定であるはずだ、という暗黙の前提である。全くそんな事はないのに。縄文海進の頃は、1年に数センチの速さで海面が上がったらしい。陸地にあった氷河が溶けたため。平安海進というのもあるらしい。規模は大きくないが。今の温暖化論でも海面上昇が言われているが、実際に観測された例はないはず。ミクロネシアの島が水没するという話もあったが、あれは通常の侵食作用のせいだと聞いた。

 日本の国生み神話にも、ある程度は洪水、または海面の上下動の影響が出ているのでは、という推測もこの発表で行われている。

 『古事記』に、
 「国わかく浮きし脂のごとくして、くらげなす漂える時、葦黴のごとく萌えあがる物・・・」
(表記変更)

天地の初めのものが、水面に、水母や葦黴のように浮いていた、という表現がなされている。これも水害あるいは、水面の上下動と関係あるのかもしれない。



 旧約聖書の過大評価(11/21追記)
 ときどき思うのだが、旧約聖書はあまりに過大評価が過ぎると思う。歴史や宇宙の真実が書いてあるかのように考える人が多くいるようだ。そんなものではないのは、読めば分かる事。これは古代ユダヤ人の経験や思想を記したものに過ぎない。もちろんだから価値がないというわけではないが、只それだけの事。古代ユダヤ人達が遭遇した国や人々、彼らの歴史、宗教を記したものでしかない。確かシュメール人の事も、楔形文字の事も、ピラミッドの事もクフ王の事も書いてなかったと思う。

 日本でも古事記や日本書紀が書かれたし、各国それぞれ歴史の初めや神話を記したものがあるだろう。それはその民族の由来や経験、精神世界を示すものであって、その限りでは価値があるが、それ以上のものではない。ところが旧約聖書だけは人類に普遍的な真理や真実が書かれているように受け取られている。これは一にかかって、キリスト教が世界的に、とりわけ欧州に広まったからである。旧約聖書が成立したのが紀元前400年前後、そして、キリスト教がローマ帝国に広がり国教となるのが、313年ミラノ勅令。成立してから700年ほど経っている。その間は地中海世界では異端の宗教の経典でしかないし、もしキリスト教が広まる事が無かったら、ある弱小民族のまとめた書物でしかなかっただろう。

 ユダヤ人というのは歴史の長さでは驚異的に長い。比較できるのは、ペルシャ人あるいは漢民族ぐらいだろうか。ソロモン王からだと3千年ぐらい、モーゼからで3400年ぐらいか。古代エジプト人やギリシャ人など、今の人達とは違うと言われている。文明としても変質しているように見える。シュメール人も消えてしまった。漢族も南北朝以降は人種が変わるらしいし、宗教も支配種族も大幅に変わっている。ユダヤ人は3000年に渡って、宗教的、文明的に同一性を保持してきた。もちろん、混血などはあっただろうけど、世界的に見ても珍しいのではないだろうか。日本だと、記録されたものとしては、漢書や卑弥呼辺りからで2千年ほど。自ら記録した歴史という事になると、奈良時代以降で、それ以前の記録が残ってたとしても、せいぜい1500年ぐらいだろう。ゲルマン民族などは、歴史に現れてから2000年ぐらいか(シーザーの「ガリア戦記」、タキトゥスの「ゲルマニア」など)。3千年前に何をしていたのか、多分誰も知らない。

歴史は長いが、しかし、オリエントの主導勢力ではなかった。あの辺り一帯を支配したことはない。オリエント史のある時期からヨルダン川辺りに小さな王国を作っていただけだ。しかも、バビロンやエジプトに捕虜になり、ペルシャやローマ帝国に支配され、紀元後2世紀にはローマ帝国に滅ぼされ、離散する。むしろ隷属的な立場にいることが多い。オリエントの歴史全体を見てもいないし、それを記したわけでもない。当時のあの地域の全ての書物を見たとはいえないだろう。だから、旧約聖書はあくまで、ユダヤ人が記し、あるいは集めた書物の集積でしかない。そこに宇宙や歴史の真実が書いてあるなどと考えるのは馬鹿げた事だ。

この天地創造にしても、あくまである集団が考えた天地創造である。あるいは、元は全くの漂流記のようなものだったかもしれない。まあ、多分そうではないとは思うが。しかし、この説話を最初から天地創造の物語として作られたとみなすにはあまりにもおかしい。元にあったのは、何らかの漂流、それを天地の初めの物語として伝えたのだろう。
(追記終わり)



 もうひとつ、一神教の話。
ユダヤ人の一神教の起源ははっきりとはしてないらしい。古代エジプトの宗教改革と言われる、アメン神→アテン神→アメン神という主神の変動時に、アテン神の影響を受けて出来たという説、あるいは砂漠という極限状況下で、しかも、他民族の支配下で生きて行く上で必要となった、あるいはそういう思想が成立したという説などがある。実はこれらとは全く違う説で、まあ、あまりアカデミックとはいえないとは思うが、ちょっと面白い説として、ヒッタイトの影響で出来たというのがある。
ヒッタイトというのは鉄を初めて実用化し、圧倒的な軍事力でオリエントを支配した民族なのだが、それの支配と服従において、服従した側がヒッタイトに出した文書が、旧約聖書における、ヤハウエに対する言葉使いと酷似してるらしい。ヒッタイト自身は多神教だったようだが、そのヒッタイトが圧倒的な力をもっていたために、万能の神、唯一神のように服従した側に見られ一神教が成立したとか。この説をどこでみたのか覚えていない。探してみるが。


続く


創世記

第1章

1:1はじめに神は天と地とを創造された。 1:2地は形なく、むなしく、やみが淵のおもてにあり、神の霊が水のおもてをおおっていた。
1:3神は「光あれ」と言われた。すると光があった。 
 
1:4神はその光を見て、良しとされた。神はその光とやみとを分けられた。 
 
1:5神は光を昼と名づけ、やみを夜と名づけられた。夕となり、また朝となった。第一日である。

 1:6神はまた言われた、「水の間におおぞらがあって、水と水とを分けよ」。
 
1:7そのようになった。神はおおぞらを造って、おおぞらの下の水とおおぞらの上の水とを分けられた。 
 1:8
神はそのおおぞらを天と名づけられた。夕となり、また朝となった。第二日である。

1:9神はまた言われた、「天の下の水は一つ所に集まり、かわいた地が現れよ」。そのようになった。 
 1:10
神はそのかわいた地を陸と名づけ、水の集まった所を海と名づけられた。神は見て、良しとされた。 
 1:11
神はまた言われた、「地は青草と、種をもつ草と、種類にしたがって種のある実を結ぶ果樹とを地の上にはえさせよ」。そのようになった。 
 
1:12地は青草と、種類にしたがって種をもつ草と、種類にしたがって種のある実を結ぶ木とをはえさせた。神は見て、良しとされた。 
 1:13
夕となり、また朝となった。第三日である。

1:14神はまた言われた、「天のおおぞらに光があって昼と夜とを分け、しるしのため、季節のため、日のため、年のためになり、 
 1:15
天のおおぞらにあって地を照らす光となれ」。そのようになった。 
 
1:16神は二つの大きな光を造り、大きい光に昼をつかさどらせ、小さい光に夜をつかさどらせ、また星を造られた。    1:17神はこれらを天のおおぞらに置いて地を照らさせ、
 
1:18昼と夜とをつかさどらせ、光とやみとを分けさせられた。神は見て、良しとされた。
 
1:19夕となり、また朝となった。第四日である。

1:20神はまた言われた、「水は生き物の群れで満ち、鳥は地の上、天のおおぞらを飛べ」。 
 1:21
神は海の大いなる獣と、水に群がるすべての動く生き物とを、種類にしたがって創造し、また翼のあるすべての鳥を、種類にしたがって創造された。神は見て、良しとされた。 
 1:22
神はこれらを祝福して言われた、「生めよ、ふえよ、海の水に満ちよ、また鳥は地にふえよ」。 
 
1:23夕となり、また朝となった。第五日である。

 
1:24神はまた言われた、「地は生き物を種類にしたがっていだせ。家畜と、這うものと、地の獣とを種類にしたがっていだせ」。そのようになった。 
 1:25
神は地の獣を種類にしたがい、家畜を種類にしたがい、また地に這うすべての物を種類にしたがって造られた。神は見て、良しとされた。
1:26神はまた言われた、「われわれのかたちに、われわれにかたどって人を造り、これに海の魚と、空の鳥と、家畜と、地のすべての獣と、地のすべての這うものとを治めさせよう」。 
 1:27
神は自分のかたちに人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された。 
 
1:28神は彼らを祝福して言われた、「生めよ、ふえよ、地に満ちよ、地を従わせよ。また海の魚と、空の鳥と、地に動くすべての生き物とを治めよ」。 
 
1:29神はまた言われた、「わたしは全地のおもてにある種をもつすべての草と、種のある実を結ぶすべての木とをあなたがたに与える。これはあなたがたの食物となるであろう。 
 1:30
また地のすべての獣、空のすべての鳥、地を這うすべてのもの、すなわち命あるものには、食物としてすべての青草を与える」。そのようになった。 
 
1:31神が造ったすべての物を見られたところ、それは、はなはだ良かった。夕となり、また朝となった。第六日である。


第2章

2:1こうして天と地と、その万象とが完成した。 2:2神は第七日にその作業を終えられた。すなわち、そのすべての作業を終って第七日に休まれた。 
 
2:3神はその第七日を祝福して、これを聖別された。神がこの日に、そのすべての創造のわざを終って休まれたからである。

2:4これが天地創造の由来である。