The Sound of Silence−「沈黙の世界」〜訳と解釈
                             (2011/12/5,12/29,2012/2/6,4/17更新)

1.タイトルの意味
2.本文と訳
3.解釈
   第1連・・・あるビジョンの訪れ
   第2連・・・夢の中での衝撃
   第3連・・・現代社会についてのビジョンの内容
   第4連・・・「僕」の側からの働きかけ
   第5連・・・ネオンの神の支配




1.タイトルの意味


The Sound of Silence   沈黙の世界


"The Sound of Silence""沈黙の音"とそのままに訳すと意味が通じません。
これを意味の通るものとして理解するには、これの元になった熟語で、文中にある、"within the sound of 〜"という形に注目する必要があります。これは、"〜の音の聞こえる範囲内で"という意味で、各種辞典に掲載されています。

例えば、
研究社大英和辞典の sound の項目の4に語義として”聞こえる範囲”とあり、上記の熟語があります。
用例としては、
 within the sound of the waves   波音の聞こえるところに
          (ジーニアス英和辞典)

 be born within the sound of Bow Bells
       ボウ教会の鐘の聞こえる所で生まれる
       =生粋のロンドン子
(ボウ教会はロンドンの East End にある)
          (ラーナーズプログレッシブ英和辞典)
     これは古い言葉で、OEDに17世紀の文献からの引用文として、
     One borne within the sound of Bow Bell   がある。
      (日本だと、”帝釈天で産湯を使い”みたいなものか)

つまり、この "sound" が意味しているのは、"音そのもの"ではなく、その音の聞こえる"範囲、地域、領域"なのです。で、本来なら、"of 〜"の所には、何か"音の出るもの"を持ってくるわけですが、ポールサイモンはそこをひねって、"音の無い事"、つまり"沈黙"にしています。ですから、このタイトルは、あえて訳すれば「沈黙の届く範囲」、あるいは「沈黙の支配する領域」といった事になるでしょう。

なぜそうしたかというと、彼は、本文訳にある通り、現代は沈黙の支配する世界、人々が本来の言葉を発する事をしない世界なのだ、という事をこの歌で言おうとしたからです。

そういう事から、タイトルを上記のようにしています。



※ 余談ですが、こういう由緒ある言い回しに、本来の意味と矛盾する全く真逆の言葉をあてた所に、サイモンの教養は勿論ですが、60年代らしい皮肉・反逆の精神が見えるように思います。思い出すのは、

ビートルズへのインタビューで、「ベートーベンについてどう思いますか」との問いに対し、
(勿論これは、どうせそんなまともな音楽は聞いちゃいないだろうという嫌み)、
リンゴ「いいね。好きだよ、特に歌詞が。」とか(よくこんな答えが直ぐに出るもんだわ)、

キンクスが、何もかも無くして夏の午後西日を浴びながら気怠く過ごす男の姿を歌う、”Sunny afternoon"のミュージックビデオを、真冬の一面の雪の原野で白い息を吐きながら演奏するシーンにしたのとか。まあ、この手の冗談はありがちではありますが、結構笑えます。→youtube (h25/7/21 これは削除されているので、こちら



2.本文と訳

        
The Sound of Silence   沈黙の世界

Hello,darkness,my old friend,     やあ、夜の闇、我が古き友よ
I've come to talk with you again.   きみとまた話に来たんだ
Because a vision softly creeping,   というのも、ある幻影がそっと忍び込んできて、
Left its seeds while I was sleeping. 寝てる間に種を置いて行ったんだ
And the vision that was planted in my brain still remains,
                       頭に植え付けられたその幻影はまだそのままだ  
Within the sound of silence      沈黙の世界の中で



In restless dreams,I walked alone,  途切れる事の無い夢の中、僕は歩いていた
Narrow streets of cobblestone.    狭い敷石の道を
'Neath the halo of a street lamp,I turned my collar to the cold and damp.
                  街灯の光の下、僕は寒気と霧にすくんで、襟を立てた
When my eyes were stabbed by the flash of a neon light that split the night
                 夜を切り裂くネオンライトの燦めきが目に突き刺さった時、
And touched the sound of silence  僕は沈黙の世界に触れた



And in the naked light,I saw ten thousand people maybe more.
                裸電球の下、僕は1万かそれ以上の人々を見た
People talking without speaking,  人々は喋りはするが、語ることはなく
People hearing without listening,  聞いてはいるが、耳を傾ける事はない
People writing songs that voices never shared.
                彼らが作る歌では、声は何の役割も果たさない
No one dared disturb the sound of silence
                誰もあえて沈黙の世界を破ろうとはしていなかった



"Fools," said I, "you do not know silence like a cancer grows.
       愚かものたちよ、と僕は言った、
         君たちは知らないんだ、沈黙がガンのように広がるのを
Hear my words that I might teach you.   私がこれから教える言葉を聞け
Take my arms that I might reach you."   私が差しのばす手を取れ、と。
But my words like silent raindrops fell,
       だが僕の言葉は音のない雨粒のように落ちて行き
And echoed in the wells of silence     沈黙の井戸の中でこだました



And the people bowed and prayed to the neon god they made.
             人々は彼らが作ったネオンの神に頭を垂れ祈った       
And the sign flashed out its warning in the words that it was forming.  
             ネオンサインはそれが描く文字で警告の光を発した
And the sign said,"The words of the prophets are written
                  on the subway walls and tenement halls."
             それはこう言っていた、「預言者の言葉は
               地下鉄の壁やアパートの出入り口に書いてある」と。
And whispered in the sound of silence.
             沈黙の世界の中で、その囁き声が聞こえた


(歌詞は歌詞カードなどから。ただし、改行、コンマ、ピリオッドなどは、意味が取りやすいように変えています。)



3.解釈

第1連・・・あるビジョンの訪れ

Hello,darkness,my old friend,     やあ、夜の闇、我が古き友よ
I've come to talk with you again.   きみとまた話に来たんだ
Because a vision softly creeping,   というのも、ある幻影がそっと忍び込んできて、
Left its seeds while I was sleeping. 寝てる間に種を置いて行ったんだ
And the vision that was planted in my brain still remains,
                       頭に植え付けられたその幻影はまだそのままだ  
Within the sound of silence      沈黙の世界の中で


ここの問題は、"a vision"とは何かという事になりますが、多分、現代世界についてのポールのひらめき、思いついた幻像、幻影といったものでしょう。最初は、それが何かはっきりとは分からなかった、で夜ごとにそれについて考えていた。それが1、2行目と言う事でしょう。それは沈黙の世界の中にいて、正体がよく見えなかった。



第2連・・・夢の中での衝撃

In restless dreams,I walked alone,  途切れる事の無い夢の中、僕は歩いていた
Narrow streets of cobblestone.    狭い敷石の道を
'Neath the halo of a street lamp,I turned my collar to the cold and damp.
                  街灯の光の下、僕は寒気と霧にすくんで、襟を立てた
When my eyes were stabbed by the flash of a neon light that split the night
                 夜を切り裂くネオンライトの燦めきが目に突き刺さった時、
And touched the sound of silence  僕は沈黙の世界に触れた


そして、ついに夢の中で、ネオンの衝撃によって正体に触れる訳です。

ただ、ここは文法的に若干問題がありまして、4行目のthat以下は関係節で、a neon light(あるいはその前の flash)がその先行詞ということで問題はないと思うのですが、5行目が問題です。touched の主語は何なのか。

文の形だけ見れば、splitと同格で、関係代名詞thatに続くように見えますが、意味上それは無理でしょう。また、それだと、従属接続詞の when がかかる主文が無くなってしまいます。その前の I turned〜が主文だとみるのもやはり意味的に無理です。

よって、touched の主語は、書いてないけれど、"I"が省略されているという事にしたいと思います。それが意味的に自然ですし、第3連への続き具合も良くなります。1行目にある、主語””からの続きと言う事になります。また、それが、when節のかかる主文になっています。




第3連・・・現代社会についてのビジョンの内容

And in the naked light,I saw ten thousand people maybe more.
                裸電球の下、僕は1万かそれ以上の人々を見た
People talking without speaking,  人々は喋りはするが、語ることはなく
People hearing without listening,  聞いてはいるが、耳を傾ける事はない
People writing songs that voices never shared.
                彼らが作る歌では、声は何の役割も果たさない
No one dared disturb the sound of silence
                誰もあえて沈黙の世界を破ろうとはしていなかった


そのビジョンの内容が描かれています。真のコミュニケーションの取れていない世界、表面的な会話だけの世界、とりわけポールが言いたかったのは、4行目ではないかと思います。声が何の役割も果たしてない歌を書く人々。

サイモンとガーファンクルが最初のコンビを組むのが1957年、再度結成するのが1963年、最初のこの歌のバージョンが入っているアルバムを録音するのが64年です。当時、アメリカは、ビートルズの出現の直前、アメリカンポップスの大流行時代で、まあ、リズミカルで楽しく、しかし内容絶無の歌が流行っていました。ロリーポップ、カレンダーガール、ダイアナ、ロコモーションなど。

今から聞けば、オールディーズと言う事で懐かしく楽しい歌で有るわけで、私個人的にも決して嫌いではないのですが(ただし、その場合も歌詞が何をいっているのかほとんど考えずに聞いてるわけで、まさにポールの言っている状況そのものです)、おそらく、ポールにとっては下らないと思えたのではないでしょうか。誰も世界の真実に触れる歌を書こうとしないと。それを意味するのが5行目でしょう。




第4連・・・「僕」の側からの働きかけ

"Fools," said I, "you do not know silence like a cancer grows.
       愚かものたちよ、と僕は言った、
         君たちは知らないんだ沈黙はガンのように広がるのを
Hear my words that I might teach you.   私がこれから教える言葉を聞け
Take my arms that I might reach you."   私が差しのばす手を取れ、と。
But my words like silent raindrops fell,
       だが僕の言葉は音のない雨粒のように落ちて行き
And echoed in the wells of silence     沈黙の井戸の中でこだました


そして、ポールから人々への呼び掛けが行われるわけです。まあ、傲慢と言えば傲慢な歌詞ではありますが。しかし、そんな言葉は当然のように無視されます。

途中出てくる might は接続法で、確定しない現実(この場合は未来)を表します。




第5連・・・ネオンの神の支配

And the people bowed and prayed to the neon god they made.
             人々は彼らが作ったネオンの神に頭を垂れ祈った       
And the sign flashed out its warning in the words that it was forming.  
             ネオンサインはそれが描く文字で警告の光を発した
And the sign said,"The words of the prophets are written
                  on the subway walls and tenement halls."
             それはこう言っていた、「預言者の言葉は
               地下鉄の壁やアパートの出入り口に書いてある」と。
And whispered in the sound of silence.
             沈黙の世界の中で、その囁き声が聞こえた


ここで描かれているのは、現代の世界を支配する神、つまり、商業主義という事になります。再び時代について考えれば、当時はアメリカ資本主義の絶頂時代、ベトナム戦争の泥沼に入る前の時代で、まさに今を盛りにと繁栄していた時代です。それを象徴するのがタイムズスクエアやラスベガスのネオンサインということになります。

今の日本で言えば、ネオンと言うよりはテレビのコマーシャルに相当するでしょう。あるいはテレビ放送そのものという方が妥当かもしれません。かつてのようなコマーシャルとそうでない部分の区別は、もはや失われていますから。

人々は企業の売る商品、サービス、娯楽に支配されている事、しかもそれは自らが作ったものであることを描いているのが1行目。

そしてそれに続く3行は、極めて皮肉な事を言っています。

神と、神の代弁者である預言者と、その言葉について語られるのですが、キリスト教で言えば、それは、神ヤハウエ、預言者エレミアやイザヤ(あるいはキリストも)、そしてその言葉を著した聖書という事になります。また、第2連のネオンによる衝撃は、そうすると、一種の啓示ということになるでしょう。

この歌の世界では、神であるネオンが支配し、壁の落書きが預言者の言葉です。預言者は、街の通りにたむろする集団とかになるでしょう。全能の神と宗教者との組み合わせが、現代世界を動かす企業と通りを荒らし回る集団に変わっているわけです。

それではなぜ落書きが預言者の言葉なのか。神であるネオンサインあるいはコマーシャルと、街の落書きには共通点があります。それらはどちらも、コミュニケーションを拒否した一方的な宣言であり、自慢であり、自分たちの存在の誇示、ひけらかしです。

とりわけ、この歌のテーマであるコミュニケーションの不在という面から見れば、同類と呼んで差し支えない存在でしょう。企業の宣伝というものが、街の暴走族や非行集団が書く「夜露死苦」(古いですが)などと大して変わらないものだと、おそらく、この歌は言ってるのでしょう。

コミュニケーションの不在、会話の拒否、一方的な押しつけは、この商業主義によってさらに高められ、むしろ企業側によって堅持されます。それはまさに、今の日本の一部企業やマスコミの姿そのものではないでしょうか。

そして、この現代の全能の神も、沈黙の閉ざされた世界に対しては、「ささやく」ことしかできません。自らが手を貸した沈黙の世界をどう処置する事も出来ないわけです。「僕」の言葉が音のない雨粒となって落ちていったように。それは放置され、今後もガンのように増殖していくのだ、という事になります。



 

アメリカ社会はああ見えても、ちゃんとこういう歌を受け入れていました、50年も前に。
日本の「歌」はどうだったのか。また現在どうなのか。

(2011/12/5)