NHK「漢詩紀行」~江守徹の「読み」(3)
 h22/9/5~h24/4/24修正~9/18修正
  
ここは、NHKの「漢詩紀行」での江守徹氏の読みについてのページPart3です。

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  目   次  

21.王維 「酒を酌みて裴迪に与う」*      22.白楽天「紫毫の筆」
23.李賀 「楊生の青花紫石硯の歌」*     24.杜甫 「岳を望む」*  
25.李白 「泰山に遊ぶ六首 その一」*    26.王維 「香積寺に過る」*         
27.蘇軾 「念奴嬌~赤壁懐古」*  (赤壁の戦いの実相は?)
28.韓愈 「桂州に嚴大夫を送る」*

Part1
1.李白 「秋浦の歌 其の十五」       2.白楽天 「長恨歌~第十一段」      3.高啓 「胡隠君を訪ねる」          
4.屈原 「漁父」*       5.李白 「山中にて幽人と対酌す」        6.杜甫 「岳陽楼に登る」  
7.岑参 「胡茄の歌~願真卿の使いして河隴に赴くを送る」*        8.杜牧  「清明」*               
9.白楽天 「重ねて題す」*      10.李賀 「蘇小小の墓」*


Part2
11.李白 「早に白帝城を発す」*       12.王之渙 「涼州の詞」*      3.杜甫 「倦夜」*
14.陸游 「村居して目に触れしを書く」*     15.孟郊 「登科後」      16.陶淵明 「移居 その二」*        
17.李煜 「浪淘沙令」*       18.李白 「月下独酌 其の一」  
19.白楽天 「八月十五日の夜、禁中に独り直し、月に対して元九を憶う」*      20.杜甫 「登高」*



※お断り 原文を参照して全て原字で入力していますが、第2水準の漢字の場合、正しく表示されなかったり、場合によってはその部分が脱落している場合があります。特に、23,25,27番辺りで起こりがちのようです。お気づきの点があればご連絡下さい。


21.王維 「酒を酌みて裴迪に与う」
   

酒を酌んで君に与う、君自ら寛うせよ   まずはこの酒を飲んで、ゆっくり話を聞いてくれ
人情の翻覆、波瀾に似たり     人の気持ちなんてものは、寄せては砕け散る波のようなもの、あてにしちゃいけない
白首の相知すら猶剣を按じ、    お互い白髪になるまで知り合った間柄であっても剣に手をかける事があれば、
朱門の先達は弾冠を笑う       自分が先に出世してしまったら、引きを待ってる旧友をあざ笑う、そんなものだ
草色全く細雨を経て潤い       しがない雑草が、僅かな雨で生気を得ている一方では、
花枝動かんと欲して春風寒し    春、枝先で高雅な花が芽を出そうとすると、寒風が吹き付ける
世事浮雲何ぞ問うに足らん     世間てものはまるで捉え所のない浮き雲だ、理屈を考えても始まらない
如かず、高臥して且く飡を加えんには  ここは美味い酒でも飲んで、しばらく忘れていようじゃないか

友人でかつ年下の裴迪に世間知を教示する王維。自分の経験から来たものなのか、ちょっと厭世的過ぎる気もする。状況としては恐らく、裴迪に何か個人的な問題が起こって相談に乗ってるのだろう。科挙とかというよりは、人間関係に関するもののように見える。六行目は裴迪を暗示して、元気づけるためのものだろう。

これも上記同様、模範的な朗読と言えるでしょう。
(h23/8/7)                                                    上へ



22.白楽天 「紫毫の筆」
   

紫毫の筆
尖は錐の如く、利きこと刀のごとし
江南の石上に老兎あり
竹を喰らい泉を飲みて、紫毫を生ず
宣城の工人、采りて筆を為り
千万の毛中、一毫を揀ぶ


-----略----------------
毫、軽しと言えども
効、甚だ重し
管に行名を勒して歳貢に充つ
君よ臣よ、軽々しく用うる勿れ
将に如何せんとする
願わくは東西府の御史に賜え
願わくは左右台の起居に頒て
管を搦り趨りて黄金の闕に入り
毫を抽め立ちて白玉の除に在り
臣に奸邪あれば正衙に奏し
君に動言あれば直筆もて書す

-----略----------------

起居郎
待御史
爾は知らん、紫毫の致し易からざるを
毎歳宣城より筆を進むる時
紫毫の価、金の如く高し
慎みて空しく将って失儀を弾ずる勿れ
慎みて空しく将って制詞を録する勿れ


江南で取れる紫毫という高価な筆について、一千本、一万本の毛の中から一毛を選ぶほどに貴重なものであることを述べ、だから、君も臣も軽々しくあつかってはいけない、出来れば御史や起居のような高官に与え、常に宮殿の脇に立って、臣下に邪な行為があれば奏上し、天子の言動は筆を曲げずに書き記すべきである。かくも高価で貴重な筆で、臣下のあら探しばかりしてはいけない、天子の無意味な行動をばかりを書いてはいけない、という警醒の詩。

江守氏の読みは、内容のややコミカルな事をも考慮した妥当なものでしょう。
(h23/8/15)                                      上へ


23.李賀 「楊生の青花紫石硯の歌」
   


端州の石工巧みなること神の如し     端渓の石工の巧みさときたらまるで神のよう
天を踏み刀を磨き紫雲を割く        高山に踏み入り、刀を磨き紫の石を割く
傭しく削り水を抱き含みて脣に満つ    精確に削り水を注げば水は一面に満ち
暗に灑ぐ萇弘冷血の痕           かの萇弘の冷たき血を秘かに注いだかとも見える跡
紗帷、昼暖かく墨花春なり         昼暖かな絹のとばりの内、墨を摩れば現れる春の花模様
軽漂漚沫、松麝香る             軽やかな泡と飛沫から、松や麝香が香り立つ
乾膩薄重、立脚匀し             乾いて脂が浮き、薄いながらも重い、端正なるその姿
数寸の光秋、日の昏き無し         周辺には秋の光をまとい、夕暮れに消える事もない
円毫点を促せば、声清新          円い筆先を墨に浸せば音は清かに
孔硯は寛頑、何ぞ云うに足らん      孔子の硯でさえこれに比すれば無骨、言うほどのものではない

天下一の産地とされた端渓の硯を歌う歌。楊生は友人で、その持つ硯について歌ったものらしい。

萇弘とは、春秋時代、小国となっていた周の高官。無実の罪で殺され、3年後血が碧玉になったという。端渓の硯は、紫色でかつ鉄分の固まった青い斑点(青花)のあるものが上品とされ、その眼のような斑点を萇弘の血と見て詩の中に組み込んだ。萇弘は孔子の師でもあった。松や麝香は墨の原料。また石は雲の吐く息から出来たと考えられていて、紫雲といった。

七行目は違う解釈もあるが、五行目六行目が墨を摩る時の状況を、七行目八行目が硯本体について書いたと見て、上のようにした。そして、九行目で筆を浸す。一~四行目は硯製作の過程や説明。

正に鬼才とでも言うしかないような表現欲に溢れた詩。ひとつの硯からこれほどのイマジネーションを沸き立たせるというのも相当なもの。

江守氏の読みも、意味を十分に表した優れたものだと思います。
(h23/10/24)                   上へ


24.杜甫 「岳を望む」
   


岱宗夫れ如何             泰山とは如何なる山か
斉魯青は未だ了らず          斉と魯を越えて青い山肌が広がり、
造化神秀を鍾め            造化の神が最も秀でたものを集め
陰陽昏暁を割つ            その陰と陽とが夜と朝とを分かつ山
胸を盪かして曾雲生じ          この山に雲が湧けば我が胸は激しく揺れ
眥を決すれば帰鳥入る        この山に帰る鳥があれば見失うまいと目をこらす
会らず当に絶頂を凌ぎて       必ずいつか頂きを極め、
一覧すべし、衆山の小なるを     周りの山々の小なる事を見届けるのだ

杜甫若き日(29歳という)の、野望を感じさせる詩である。泰山(別名岱宗)とは、天子が封禅の儀(天を祭り、地の効に報いる儀式)を行う場所であり、この詩の場合、さらにすすすんで、皇帝の住む宮殿、皇帝の側に仕える事をも意味するのだろう。その遙か高みをじっと見据える杜甫。世俗的と言えば世俗的、最後まで世間から離れず、しかも世間に見捨てられた杜甫の若き日の姿。

これも模範的な読みだと思います。    上へ
(h23/10/28)  




25.李白 「泰山に遊ぶ六首 その一」


四月泰山に上る         この四月、泰山に登った
石平らかにして御道開く    天子の通る為の道が開かれ、平らな石が敷かれていた
六龍萬壑を過ぎ         かつて玄宗皇帝は六頭立ての馬車で多くの渓谷を渡り、
澗谷随って榮廻す         曲がりくねった渓流に沿って登っていかれた
馬跡碧峯を遶り          その時の馬の跡は碧い峯を囲むようにして
今において青苔に満つ     今も青い苔に覆われて残っている
飛流絶巘に灑ぎ          噴き出る水は険しい崖に注ぎ
水急にして松声哀し       谷川の流れは激しく、松の音は哀しげであった

(略)
北に眺むれば崿嶂の奇あり   北を眺めれば奇妙な形の険しい峯があり
傾崖東に向かいて摧く      崖は東に向かって傾き崩れていた
洞門石扇を閉じ          洞窟の入り口には岩が倒れかかり、
地底雲雷を興す          地の底からは雲や雷が湧き上がっていた

高きに登り蓬瀛を望めば     高きに登って蓬莱、瀛洲など神山を望めば
金銀の臺を想像す         金銀でできた宮殿が想像され
天門一たび長嘯すれば      頂上近い南天門にてひとしきり吟ずれば
萬里清風来たる          遙か彼方より清らかな風が吹いてきた
(略)

玉女四五人            すると、仙女が四五人
飄として九垓より下る       天からひらひらと舞い降りて、
笑みを含んで素手を引べ    微笑みながら白い手を差しだし
我に流霞の杯を遺る       私に銘酒流霞の杯を給わった
稽首して之を再拝し       私は深く頭を垂れて拝受したが
自ら仙才に非ざるを愧ず     自分に仙人の資質のない事を羞じるばかりであった
曠然として宇宙を小とし      だが、心を空しくすればこの世も卑小、
世を棄つる、何ぞ悠なるかな   そんな世界から離れるというのは、実に悠然たる心地のすることだ

李白42歳、宮廷詩人になった年の詩。しかし、幻想的で、脱世間的な内容である。前半は写実的だが、後半から幻想の世界に入る。が、完全に浸ってるわけでもない。 仙女が降りて来たのは、自分の詩に感応して、と暗に言ってるわけで、強い自負が伺える。
3,4行目はかつて玄宗皇帝が登山した時を回顧して詠んでいる。
番組の録音に従って3つにわけたが、内容的には、12行-12行に分かれるように見える。

李白、杜甫両詩に出てくる、「~を小とす、~の小なる」は、『孟子』の「尽心上」にある言葉、
  
孔子、東山に登って魯を小とし、大山に登って天下を小とす、
から来たものらしい。
 
江守氏の読みは、各連の最後2行などにとりわけ特徴が出ていて、全体的にも文意を良く表現していると思います。
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(h23/11/26)  



26.王維 「香積寺に過る」
   

知らず、香積寺              香積寺がいずことも知らず山に向かい、
数里、雲峰に入る             数里にして雲のたなびく峰に入った
古木、人径無し              木々は蒼古として辺りを覆い、道らしい道も無い
深山、何処の鐘ぞ             山中深く聞こえた鐘はどこの寺のものだったのか
泉声、危石に咽び             湧き出す水が険しい岩場で行き惑う音が聞こえ
日色、青松に冷ややかなり        松の葉の照り返しは冷ややかに映じていた
薄暮、空潭の曲              日は暮れかかり、淀んだ淵にただ一人
安禅、毒竜を制す             静かに座禅を組んで、心中に蠢く煩悶を抑え得た

内容からして香積寺には行き着かなかったのだろう(ただし、過をよぎる、と読んで、立ち寄る意もあるようだが、本文中にはそれらしい言葉は見あたらない。通り過ぎたの意味か)。
寺への道も知らず山に分け入り、山中を彷徨い、夕刻になって座禅を組んでやっと気持ちが落ち着いた、という。
何か、心せくものがあったのか。5,6行目は心境を象徴したものだろうか。

ちなみに、中国語の「咽」というのは、泣くという意味は必ずしも持っておらず、本来は、飲み下す、のど、要所、あるいは喉で息や声を詰まらせる意。日本語の「むせぶ」も同様で、煙に咽ぶ、という言い方をする。咽び泣く、というのは、元々は息を詰まらせて泣く意。但し、日本語の「むせぶ」の場合は、早くから泣くという意が生じたらしい。この詩の場合は、水の流れが岩場でつかえ、流れあぐねている様子を表したと解した。

危石・・・高く切り立った岩
空潭・・・人のいない淵
曲・・・・・川の曲がった所、あるいは、ほとり
安禅・・・静かに座禅すること
毒竜・・・心中の欲望や煩悩

江守氏の読みはここでも模範的です。
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(h24/2/8)  




27.蘇軾 「念奴嬌~赤壁懐古」   

大江東に去り                  長江は東に流れ続け
浪は淘い尽せり、千古の風流人物を    千年昔の奔放不羈なる勇士達を、その波で洗い流してしまった
故壘の西邊                  砦の跡の西の方
人は道ふ是れ三國周郞の赤壁なりと    これがかの三国時代、周瑜で名高い赤壁であると人は言う

-略----
亂石は空を穿ち                荒々しい岩が空に突き刺さり
驚濤は岸を裂き                轟く波が岸壁を砕こうとして
卷き起こす千堆の雪             幾重にも積もった雪を巻き上げている
江山畫くが如く                 まるで絵に描いたような山や川を見れば
一時多少の豪傑ぞ               かつてここに集った幾多の豪傑が偲ばれる

遙かに想ふ公瑾の當年           中でもかの周瑜のその年の
小喬初めて嫁し了り             小喬が嫁入りしたばかりの頃の
雄姿英發なりしを               英気に溢れた雄姿を
羽扇綸巾                    羽の扇と綸子の頭巾の泰然たる姿で
談笑の間、強虜は灰と飛び煙と滅びぬ   談笑している間に、強敵は灰や煙となって滅んだのだ
-略----

故國に神は遊ぶ              いにしえの呉の国へと我が心は飛んで行く
多情応に笑うなるべし           多情多感な事だと笑われる事だろう
我が早く華髪を生ぜしを          早くも白髪の生じた事も
人間は夢の如し               人生とは夢のように過ぎ去るもの
一樽還た江月に酹がん           川面に漂う月に酒を注いで、英雄達に捧げよう

あの有名な赤壁の戦いを詠んだ詩、正確には「詞」。「念奴嬌」は詞の曲または型式の名前。2段に分かれ、100文字で作られたもの(更に細かな平仄の規則があった)。
周瑜はあの「火船の計」でもって曹操の軍を大敗させた呉の名将。周郎(または美周郎)は愛称、瑜が諱で、公瑾が字。

風流・・・この場合は、自由奔放の意味らしい。
強虜・・・檣櫓となっているものもある。帆柱と船のやぐら。艦船の事。
ただこの詩には史実との違いがあり、場所は実際とは違っていた。また周瑜が小喬と 結婚したのも、この戦いの10年前。あえてやった制作上のフィクションであろう。下から5行目、4行目辺りにそういったニュアンスが込められてる感がある。
そもそも赤壁の戦いの実態もはっきりしていない。→赤壁の戦いの実相は?

下から3,4行目は、他では、

多情応に我を笑うなるべし
早く華髪を生ぜしを

などとなっている。原文は、

多情応笑我
早生華髪

これも、江守氏の読みは気持ちのこもったものです。

(h24/4/13)




28.韓愈 「桂州に嚴大夫を送る   


蒼々たり森たる八桂
     遙か仙境にあるという鬱蒼と繁る桂の森が、
この地、湘南にあり      この湘南の地にもある
江は青羅の帯をなし     川はまるで薄絹の青い帯のように辺りをめぐり
山は碧玉の簪の如し     山は碧玉のかんざしのように空に延びている

戸は多く翠羽を輸び     そこでは人々は翡翠の羽を採って生活し
家は自ずから黄柑を種ゆ  人家には至る所黄柑の実がなっている
遠勝登仙して去り       かつて遠勝が仙人となって飛び去ったが
飛鸞驂するに暇あらず    今も霊鳥鸞が休む暇もなく来ては仙境に連れて行く


綺麗な詩だが、解釈が難しく、調べても良く分からない所がある。
前半は、八本の桂が月あるいは仙境にあるという言い伝えを元にしているらしい。番組では月になっていたが。
帯というのは、和服のようなきっちり締める帯ではなく、天女が周囲に巡らしているような緩やかな帯なのだろう。
このサイトの、伊豆の長八の鏝絵のページ参照。
古代の簪というのは、細い棒のような髪を留める為だけのもので、江戸時代のような各種の飾りの付いたものではないようだ。
山も普通の山ではなく、よく桂州の写真にあるような、空に向かってまっすぐ突き出たような特異な地形を言ってるのだろうと思う。

後半も問題で、翠羽というのが、番組では孔雀の羽根になっていたが、多くの書では翡翠(カワセミ)の羽となっていた。
本によっては、輸を税を納める、という風に解釈しているものもあった。
ラスト2行も良く分からない。番組では「遠勝」を多分人名とみなしてるようだけど(はっきりとは説明してないが)、韓愈の詩の解説書で、そのようにしているものは見つけられなかった。以前連休で図書館を3箇所回ったが。人名と解釈すれば確かにすっきりするのだが、遠勝が何者なのか分からない。地方ローカルな人物なのかもしれないが。多くの解説書では(と言ってもこの詩を解説してる本は少ないが)、「遠く勝る」などと述語的に読んでいた。ただ、そう読んでも意味がすっきりしない。

最終行も若干問題がある。
まず、「驂」という字だが、連れて行くとか運ぶといった意味はなく、馬車などを引く馬を増やして外側に繋げる、あるいは、繋げられた馬を意味する。鸞というのは鳳凰の一種らしい。

また、この詩は、左遷されて桂州に行く厳大夫に、その地は決して悪い所じゃないと、その地方を誉める意味で読んでるわけだが、そこから仙境に行くという事だと若干意味がずれる。その前6行は全て、その地がいかに美しく不可思議な魅力に満ちてるかを言っているが、そこから仙境に行くとなると、話がちょっとそれてしまう。

そこで、少し読みと意味を変えてみた。

遠く勝る、登仙して去る     だがそこは、仙人となって去ってしまいたくなる地でもあるのだ
飛鸞驂するに暇あらず     霊鳥鸞が繋ぎ止めておく暇も無いほどに寄り集って来るから

あまりにも不可思議な事が多くて、去ってしまった方がはるかに良いと思えるほどだ、と言った意味と解した。
まあ、それでもまだすっきりはしないが。