「妖精騎士(Elfin knight)のバラッド」
   "English and Scottish popular ballads"(F.J.Child)より

〜スカボローフェア(Scarborough Fair)の源流〜

                                             (2011/9/3〜12/7〜12/13更新)

スカボローフェアは伝承歌である「妖精騎士」から歌詞を取ったと言われている。これは謎かけ歌で、19世紀のF.J.Childの"English and Scttish popular ballads"にも収められている。この本は各種のバラッドをバリアントなども含め大量に収集し、さらに世界各地の伝承などとの関連も考察した大作。

Childはアメリカ人で、ハーバードの教授。この本は当初は、イギリス詩人シリーズとして1857年に出版され、その後にオリジナルの写本などからの追加を経て、1882年以降に5巻本として出版された。イングランドとスコットランドのバラッドが305曲収集され、それらのバリアントを可能な限り拾ったもの。謎かけ歌関係はその最初の方にまとめられている。ここでは、その内、最初の2種のバラッドのみについてざっと書いてみる(スカボローフェア関係を中心とした、ごく大ざっぱな抜粋と要約です。原書の内容はこれだけでも、かなり膨大)

謎かけ歌といっても各種あるらしく、この本では幾つかに分類されている。
引用や原典参照が大量に文中にあって読み辛いのだが、整理すると以下のようになると思う。



A 言葉で答えればいいもの

日本でいう普通のなぞなぞ。
その例としてあげられてるのは、

 「道より長い物は何?」 答え「愛」(別解として「風」)
 「雪より白い物は何?」 答え「真実」
 「棘より鋭い物は何?」 答え「飢え」

単純ではあっても中々深い物があります。飢えなんて100年、200年前は当たり前だったが、今は虐待された子供(略・・・・

中には、
 「草より緑なのは何?」 答え「毒」
という良く分からないものもありますが(銅に付く’緑青’の事かも)。

これらは、バラッドの中では、2つのグループで賭をして競い合ったり、騎士が求婚する際に行われて無事答えて結婚成立したり、という形になっている。
またこういう謎々の場合、妖精騎士ではなく、実際の騎士のようである。




B 難題の実行が要求されるもの

これも幾つか種類があるようで、当初は求婚の際の、他愛の無いちょっとした謎かけのようなものがドイツを中心に行われていたらしいが、東方起源の命に関わる形のものが後に現れ、イギリスのバラッドにも影響したらしい。

元になった物語の基本的な形としては、ある男に対して実行不可能な要求が出され、それが出来なければ死刑、あるいは囚人とされるところを、利口な娘によって助けられる、という形を取っていた。このスカボローフェアも、元はそれに分類されるものだったらしい。
この種の物語は世界各地に広まっていて、シベリア南部地方から、モンゴル、チベット、インド、ペルシャ、ロシア、アラビア、東欧、ドイツなどに広く分布していた(モンゴル帝国の影響か?)。

難題を持ち出して来るのは、王に対しては皇帝、一般人に対して王、といった上位の人間。娘の英知によって助けられた男は、上位の人間に認められ、あるいは娘を嫁がせて出世する。

これらの実行不可能な命令の解決方法は、私見だが、次の3種類があるようだ。

解法1・それと関連する同様に実行不可能な難題を逆に要求して、命令自体をキャンセルせざるを得なくする。
解法2・命令の条件に反しないような実現可能な方法を考案する。
解法3・出題者自身の口から、それが不可能な命令である事を言わせる。

これらの例をこの本から訳すと、

解法1の例、、
 王がある男に1個のコップを渡し、これで海の水を全部掬え、と命令した。男は帰って娘に相談すると、娘は一塊の粘土を父親に渡し、王の所でこういわせた。
 「水を汲む前に、この粘土で海に注ぐ全ての川の河口をふさいで下さい」
 
解法2の例
 王がある男に宮廷に来るよう命令した。但しその際、「衣裳は付けず、しかも裸ででもなく(以下その他の要求が続く)」と命じた。娘は父親に、漁で使う網を体にまとって行けばいい、と教えた。

 (ま、確かにそれは衣裳ではないし、かと言って裸とも言えない。腰ミノなどは衣裳に分類されるだろう。シーツを体に巻き付けても衣裳になるだろう。相撲のマワシはどうだろうか?)

解法3の例
 王が男に30個の卵を渡し、3日の内に孵化させて雛にするように命令した。所が調べてみるとそれはゆで卵で、男が困っていると、娘は「そんなの簡単よ!」とか言って、ゆで卵をみんなで食べて何もしないで3日間過ごした。王が来る日、娘は茹でた豆を持って王の来る道のそばに行って叫んだ、「アラ大変、茹でた豆から芽が出てきたわ!」。王はそれを聞いて、「そんな事があるわけ無かろう。茹でた豆から芽は出りゃあせんよ」と言って笑った。すかさず娘は王の前に行き、「王様、仰る通りでございます。同じように、茹でた卵を孵化させる事は出来ませぬ」といって、王をギャフン(古語)と言わせた。(若干脚色があります)

とすると、このスカボローフェアの謎の質問についても、なんらかの解答があるのかもしれない。



C これらの説話が後に変容して、超自然的存在が難問を出す形になった

上位者から下位者への命令という形から、超自然的存在が人間に問いを発する形になった。

妖精-Elf、妖精騎士-Elfen knight、悪魔-Devil、人食い鬼-ogre、異様な騎士-unco knight(uncoというのはれっきとした英語です、発音は、アンコゥ)、ルサルカ-rusalka(ロシアの水の妖精、妖怪)、鬼-raksbas(インドの悪霊)など。

例として記述されているのは(難題の実行という種類では無いが)、

ルサルカが可愛い娘に付きまとって言った、「お前に三つの謎を出す。もしそれに答えられれば、家に帰してあげよう。出来なければお前をさらっていく。根が無いのに育つ物は何? 目的が無いのに走る(run)物は何? 花がないのに咲く物は何?」。娘は順に、「石、川、シダの木」と答えた。これらは正解だった。しかし、別のバラッドでは、娘は答えられず、ルサルカは娘を死ぬまでくすぐった、という。

raksbasは男に問いをした。「もし4つの問いに答えられれば、命を取らないであげよう。しかし、答えられなければ、食ってしまうぞ。愛とは何? 残酷なものは何?(以下略、答えは記述無し)。



D 妖精騎士のバラッド

で、やっとイギリスのバラッドの話になるわけだが、これらの超自然的存在からの実行不可能な難題のイギリス的な形が、妖精騎士のバラッドということになるらしい。

この本には、そのバリアントとして、AからLまでの12種類が記録されている(巻末に付加されたMを入れて13種類)。それらのうち、A−Eは、妖精騎士が丘の上で角笛を吹き道行く人に問うという形になっていて、その他はいきなり問いからはいっている。バリアントIでは女性が問う形になっている(女も妖怪の一種だって意味じゃないと思う)。ただし、各歌の元の物語は失われたりしていて、意味が全て分かっているわけではないし、ごく一部分しか記録されていないものもある。



オリジナルに近いらしい、Aのバリアント

The Elfin knight sits on yon hill,            妖精の騎士があの丘に座り、
  Ba,ba,ba,lilli ba                      バ、バ、バ、リッリ、バ
He blaws his horn both lowd and shrill.       角笛を吹く、大きく、高く
  The wind hath blown my plaid awa.          風は私の肩掛けを吹き飛ばした

He blowes it east,he blowes west,           彼は東に向かって吹き、西に向かって吹く
He blowes it when he lyketh best.           彼は好きな時に吹く


'Thou must shape it knife-and-sheerlesse,     あなたはシャツをナイフもハサミも使わず、
And also it needle-threedlesse.            針も糸も使わずに作るんだよ


I have an aiker of good ley-land,           私は1エーカーの良い土地を持ってるよ
Which lyeth low by yon sea-strand          あの海岸の低い所にね
以下略
(1670年の小冊子)



もっともシンプルな形の、Lのバリアント

My father gave me an acre of land,          父さんに1エーカーの土地をもらったよ
  Sing ivy,sing ivy                     蔦を焼け、蔦を焼け、
My father gave me an acre of land.          父さんに1エーカーの土地をもらったよ
  Sing green bush,holly and ivy             緑の茂みを、柊(ひいらぎ)を、蔦を焼け

I ploughed it with a ram's horn.            そこを羊の角で耕したよ

I harrowed it with a bramble.              野バラでそこをならしたよ

I sowd it with a pepper corn.              黒胡椒の実を一粒蒔いたよ

I reaped it with my penknife.               小さなナイフで刈り取ったよ

I carried it to the mill upon the cat's back.     猫の背に積んで製粉所まで運んだよ
   (一部脱落)
I made a cake for all the king's men.         王様ご一行の為にケーキを一個作ったよ

(sing は、'歌う'だと意味が通じないので、singe '焼く'のスコットランド古語形 sing と解した)

脱落の部分では、おそらく、ケーキを作るまでの過程を歌っているのだろう。日本の童歌にも類似のものがあったような。

ここまで来ると、質問や要求の形さえ取っておらず、ナンセンスな文の羅列になっている。多分、この民謡の歌われ方、歌う時の状況がそれまでとは違うのだろう。何かの遊びをしながら歌うとか。



これらの内、スカボローフェアの形に最も近い物は、Gのバリアント

Can you make me a cambrick shirt,           (この連は、スカボローフェアのものとほぼ同じ。
parsley,sage,rosemary and thyme           (違うのは、no seam → any seam
Without any seam nor needle work?          (否定と肯定で逆の形だが、勿論意味は同じ
And you shall be a true lover of mine         (他に、Can you → Tell her to、will → shall、love → lover )

Can you wash it in yonder well,            向こうの井戸でシャツを洗う事ができる?
Where never sprung water nor rain ever fell?    水が湧く事もなく、雨も降らない井戸で

Can you dry it on yonder thorn,            向こうのいばらの上でシャツを干す事が出来る?
Which never bore blossom since Adam was born? アダムが生まれてから一度も花を付けた事のないいばらの上で


Can you find me an acre of land,            1エーカーの土地を見つけられる?
Between the salt water and the sea sand?      海水と砂の間に

Can you reap it with a sickle of leather,       革で出来た鎌で刈り取れる?     
And bind it up with a peacock feather?        そして、孔雀の羽で束ねられる?

以下略(全8連ある)
(Gammer Gurton's Garland、1810年発行の小冊子から、元タイトルは、The Cambrick shirt)



あと、バリアントJも若干似てる。

Now you are a-going to Cape-Ann,  今君は、ケープアンに行こうとしている
Follomingkathellomeday          (意味不明)
Remember me to the self-same man,  同じ人間(?)に宜しく伝えてくれ


Tell him to reap it with a penknife,    奴に小型ナイフで刈り取りするよう伝えてくれ
And tell him to cart it with two mice.  で、そいつを二匹のネズミと一緒に運ぶように

Tell him to cart it to yonder new barn       奴にそいつを向こうの新しい納屋に運ぶよう伝えてくれ
That never was built since Adam was born.   アダムが生まれてから一度も建てられたことの無い納屋にね
以下略
(知人が1828年にマサチューセッツ州で父親に聞かされた歌を聞き取り)

この辺りになるともうほとんどお遊び歌。というより、元歌のパロディーか。
「アダムが生まれてから一度も花を付けた事の無いいばら」と、
「アダムが生まれてから一度も建てられたことの無い納屋」とでは意味合いが全く違う。
前者は神秘的、神話的だが、後者ただのナンセンス。花は神が咲かせるものかもしれないが、納屋は人が造るものだから。
アメリカに伝わったら、元の微妙な雰囲気が失われてしまったのだろうか。



E 強引なまとめ

以上から分かる事、

1.スカボローフェアという固有名詞は出ていない。

2.parsley,sage,rosemary and thyme の文句は、Gのバリアントの一ヶ所だけに出る。他には全く出てこない。
  おそらく、他のバラッドにも出てないはず。いくつか検索した限りでは無い。

  ただし、似たような言葉はある。バリアントHの2行目、

 Every rose grows merry wi thyme  どのバラもタイムと共に楽しく育つ(かな?)
(William Motherwell、1797-1835 の草稿から、元タイトルは、悪魔の求婚)

バリアントMにもやや似た言葉がある。
なんらかの語呂合わせのようなものから出て来たたのかもしれない。
これについては、別ページでまとめてみた。→parsley,sage,rosemary and thymeの意味は?

3.掠っていくとか殺すとかといった言葉は無いが、バリアントIに多少それがある。

 I will ask ye questions three;        君に3つの質問をしよう
 Resolve them,or ye'll gang wi me.     それを解け、そうでないと、君を私と一緒に連れて行くぞ(かな?)

(William Motherwell、1797-1835 の草稿から、元タイトルは、悪魔の求愛、抜粋)

ただし、言える事は、

1.これはChild氏の調査であって、漏れがないとは言えない(まず無いだろうが、現地での調査はしてない模様。ほとんど全て印刷物や写本からの収集のようで、リアルタイムにイギリスのバラッドを捉えていたわけではない。ただし、ドイツには行っている)

2.この本が書かれた19世紀後半から、英米のフォークシンガーがスカボローフェアを歌い出す1960年代まで、100年近くの時間がある(収集元から計算すれば100年以上)。
 それだけあれば、新たな民謡が生まれたり、別の形になるには十分である。

 例えば、私たちがロシア民謡として知ってる歌も19世紀以降のものが多い。
 手元にある岸本力編のロシア民謡集(全19曲)でカウントすると、大体、

   20世紀に作られた物 7曲(カチューシャ、ポーリシュカポーレ、悲しき天使、モスクワ郊外の夕べ他)
   19世紀         6曲(ステンカラージン、夕べの鐘、黒い瞳、2つのギター他)
   不明なもの       6曲(ボルガの舟唄、トロイカ他、
                    但し歌詞が付けられたりして知られるようになったのはほぼ19世紀後半以降)

 特に、parsley,sage,rosemary and thymeが出てくるバリアントGは、他のバリアントに比べて言葉が現代風に近く、当時の最新のもので、後に流行、発展したのかもしれない。 マザーグースの物にはこれが一番近いようだ。
この言葉についてのChild氏の説明は無い。



F 最後に

歌手は学者ではないから、民謡の来歴を正確に知って使ってるわけではないし、その義務も無い。たまたま聞いた曲にインスピレーションを与えられて、その時の思いで作るだろう。私たちが仮に俳句や短歌を作るとして、一々それらの言葉がどのように過去の歌に使われてるか全て調べて作るわけではないように。

だから、歴史的な背景を知る事は絶対に必要と言うわけでは無い。歌の解釈は現に使われてる歌詞から判断するしかないと思う。あくまで参考としての知識でしかない。ただ、過去の民謡としての意味が影響している事は間違いないから、取りあえず押さえる必要はある。

このスカボローフェアの場合、過去の民謡と現在の歌との間に、ある程度の裂け目があるようにも思う。ポールサイモンが聞いた時点でどのような意味を持っていたのか、何か資料があればいいとは思うが、外国のサイトなどを見ても、どうも確定的なものはないように見える(parsley以下の薬草を、堕胎に使った物だとか議論しているサイトすらある。まさかこの歌でそう言う意味で使われたはずは無いと思うんだが)。

良く分からない結果になってしまったが。
                                               kifuru(11/9/3)


(11/12/13スペルミスなど訂正)


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