映画「永遠の0」で描かれた特攻    (2014年1月〜2017年8月7日更新) 

話題の映画「永遠の0」を見てきた。まあ、歴史観はあまり偏ってなくて、変に反戦的でないのは良かった。特撮もハリウッドに比べればちゃちではあったが、それなりにリアリティがあって良かった。ただ、俳優や監督についてはほとんど、というか全く知らないので、映画評をするつもりはない。

問題にしたいのは、特攻の描写。全否定である。主人公が特攻要員を指導する教官でありながら、その効果を全く信じていない。また描かれる特攻シーンも全て失敗の場面だけである。さらに、主人公が特攻隊を敵の攻撃から援護する役目を放棄しているかのような描写もある。理由は説明されるが、ちょっと納得はし難いものである。しかもそれを後で後悔してる場面もあって、何だか整理されていない印象を受ける。

まあ、ストーリー上の話は別にして、特攻否定という見方は戦後では当たり前のようなものであり、ある種、慣習のような固定された見方だ。が、私は反対である。別に特攻を賛美する気はないが、あの状況ではやむを得ない選択だったと思っている。またその成果を見ればそこまで悪いものではない。まあ、賛同者はいないかもしれないが。

色んな側面がある事象なので、思いついた事を書いていきたい(ここでは主に航空機による特攻のみ)。


目次

1.背景の戦況と戦果
2a.当時の人種差別・・・客観的に
2b.当時の人種差別・・・主観的に
3.特攻は絶対悪か
4.特攻と通常攻撃の違いは?
5.「九死に一生」は可能か?
6.特攻は強制されたものだったのか?
7.特攻は無駄死にだったのか?


1.背景の戦況と戦果

日本海軍は、マリアナ沖海戦(44年6月)でレーダー網と近接信管によって航空機に甚大な被害を受け、もはやまともな攻撃手段は取れない事が明らかになっていた。未熟なパイロットが増えていたのも理由の一つ。さらに10月の台湾沖航空戦で多くの航空機とパイロットを失った。このような状況で行われた同10月のレイテ湾海戦では、護衛機を持たない水上部隊や、航空機がほとんどない囮としての空母部隊を使うという歪な状況となっていた。

この状況で残った航空機や未熟なパイロットを使うとしたら、特攻以外にはない。ま、これが結論のようなものだが。新入りのパイロットに魚雷や爆弾で攻撃する練習をさせる時間など無かった。なにしろパイロットの養成には時間がかかる。しかも養成して普通に攻撃しても攻撃態勢を作っている間にやられてしまう。

戦果は(カウントの仕方は各種異なるが)、護衛空母3隻、駆逐艦十数隻、上陸用舟艇輸送艦他計40数隻撃沈。正規空母3隻大破、戦艦巡洋艦など計200隻ほど損傷。特攻機は4000機ほどになるらしい。

比較するのもなんだが、マリアナ沖海戦で、約400機失ってほとんど戦果を挙げられず、むしろ日本側空母3隻を失う、というのに比べたら、結果だけを見ればかなりのもの。たとえ撃沈は出来なくても、空母の火災などでは数百人単位での死者が出ており、また米側兵士に与えた恐怖感も相当なものであったらしい。

Youtube
4分40秒辺りから、大破した3隻の正規空母の一つ、バンカーヒルの蒙った惨状が記録されている。直撃した場合の被害の大きさが分かる。

Youtube
こんな映像もある。美化する気は無いが、こういう気持ちで死んだ隊員がいるというのも事実なのだ。

2a.当時の人種差別・・・客観的に

それでは、なぜここまで、まさに言葉通り死にものぐるいの抵抗をしなければならなかったのか。今の感覚ではおかしく感じるのはしょうがないが、客観的にも日本人の主観としても、そうせざるを得なかった、というのが私の主張。

客観的にはというのはどういう事かと言えば、当時の白人による人種差別である。これは当たり前のように存在した。今では、人種差別などとは無縁のような態度を彼らは取っているが、ほんの数十年前までは全然違った。その証拠の一つは当時の西部劇映画でのインディアンの描写である。

ああいった映画におけるインディアンはどんな存在であるのか。一言で言えば、殺戮の対象。あるいは邪魔者、邪悪な、有害でしかない存在。騎兵隊が到着してインディアンを撃ち殺すのは、歓喜で迎えられた。正義が邪悪な存在を駆逐しているのである。元々がアメリカ大陸はインディアンの土地であり、白人は侵略者である。ところが、ああいった映画では(おそらく実際の歴史でも)、インディアンはまるで白人に取り憑いた有害な寄生虫であるかのように殺されている。彼らにも家族や生活があっただろうに。

このような映画は、戦後もずっと作られている。恐らく状況が変わるのは60年代、キング牧師などの、黒人公民権運動によってではないだろうか。白人も、やっと黒人やインディアンも人類の一種だという事が分かったのだろう。さすがに70年代以降は、そんな映画は作られないようになった。それにしても、一方的に特定人種を撃ち殺して当たり前、追い払って当たり前といった映画が普通に作られていたというのも驚くべき事ではある。他国にそんな事例があるのだろうか。日本でいくら在日朝鮮人やアイヌが差別されていたと言っても、殺して当たり前なんて映画が作られた事はないだろう。ユダヤ人もそういった犠牲になった例はあるようだが、極めて特定の時期の暴動(ポグロム)においてであり、しかもユダヤ人の方が後から入ってきている。被害者のユダヤ人の側から描いた映画はあるかもしれないが、加害者の側から、殺戮を正義とした映画など聞いたことがない。

「日本人はインディアンとは違う、白人も日本人には普通に対応したはずだ」、という人もいるかもしれない。ま、それ自体が人種差別的発想ではあるのだが、それは別として、全然そんな事はない(笑)

「太平洋戦争における人種差別」(クリストファー・ソーン著)に各種の発言が載せられている。
(ブログの方でこの本についてはは書いている → ページ)

米海軍のハルゼー提督は
>立ち向かってくる「下等な猿ども」をもっと殺して、「猿肉」をたくさん作れと督励していました。
>生き残った日本人は去勢してしまうべきだと主張しました。(p35)

ルーズベルト大統領は、
>日本人の「邪悪さ」の原因は頭蓋骨の形が白色人種のものよりも発達が遅れているせいだとまじめに彼が信じていたことを示すはっきりした証拠があります。(p33)

オーストラリアの新聞「シドニーデイリーテレグラフ」は
>民主主義国家が直面している任務は、「野蛮人」の民族性を変えること、「この人種の2000年の遅れを取り戻すこと」だと、主張しました。(p37)

オランダのウイルヘルミナ女王は
>ドイツが敗れたら、西欧が日本に対してとるべき措置は、「鼠のように彼らを溺れさせる」ことだと述べています。(p21)

これらが味方を鼓舞し、相手を侮辱する為にあえてやった表現だという面もあるだろう。日本だって鬼畜米英だと言っている。しかし、これらの発言に共通しているのは、日本人を(他の有色人種もそうだが)自分たちより遅れた、劣った人種だという感覚である。そう言う前提で、彼らはインディアンやアボリジニを当たり前のように虐殺した。これらは今でさえある。以前、YOUTUBEでアボリジニなどについて相手した白人は、連中は酒ばかり飲んで何もしないどうしようもない集団だといっていた。しかし、それは環境のせいもあるだろう。クジラやイルカをを有り難がるのも、それらが賢いと思われてるからだ。

元に戻って、こういった発言はもちろん過去のものである。しかし、当時は現実に当たり前のようになされたのである。現代史に関して、歴史観の軋轢が起きがちなのは、20世紀の世界が急激に変わったことに気付いていない人が多いからではないのか。僅か数十年前のことなのだが、今と全く違う。それを今の感覚で決めつけるから認識にズレが生じてしまう。とりわけ、白人連中は平然とスタンスを変え、知らぬ顔を決め込んでる。それに騙されているという事に気付いていない。

また国内サヨクは、これを意識的に利用している。大戦前にはアジアアフリカの殆どが植民地だったという事を言わずに、「日本はアジア諸国を侵略した」とかの意味不明なプロパガンダを流して、村山首相にも言わせてしまった。日本が侵略したと言えるアジアの国は中国だけで、そんな「諸国」など存在しない(笑)。そもそも中国でさえ国家とは言えない混乱した状態ではあったが。ちなみに、タイや満州国は友好国、モンゴルとは国境紛争(ノモンハン事件、実際はソ連相手の戦い)はあったが、国境線の策定、日ソ中立条約を結んで紛争は終わった。チベットは国家としては微妙だが、日本に対しては友好的な態度であった。それ以外にアジア東部方面に独立国はなく、全て植民地。勿論、戦前に欧米が「侵略」して支配したもの。戦後も再度支配しようとしたが、日本の武器と戦法、日本兵による指導を手に入れた独立軍によって撃退された。国内サヨクはこの手の欧米の侵略の事は一切言わないが。

(2015/8/13追記)
国内サヨクにかかると、あの戦争は、平和に暮らしていた「アジア諸国」に日本が殴りこみをかけて破壊と混乱を招いた、という構図になる。理性と善意とによって構築されていた世界に、日本が憎悪を死をもたらしたかのようにされる。当時、世界は白人が完全に支配していた。それに協力して友好的に過ごすべきだったというのだろうか。それも一つのあり方かもしれない。しかし、それ自体が一つの犯罪ではないのか。戦争を起こしたのが犯罪なら、当時の植民地支配に協力し有色人種を奴隷の立場においておくというのも犯罪ではないのか。どちらが罪が重いのか。日本が欧米のアジアの拠点を破壊した結果、戦後アジア諸国が独立できたというのは明らかである。シンガポールに、アジアの押さえとしてイギリスがおいた戦艦2隻を撃沈することなど、当時の他のアジアの独立軍などにはできない。考えもしなかっただろう。アジア諸国が独立した結果に終った方が良かったのではないのか。イギリスやアメリカは戦後植民地から手を引きがちになるが、フランスやオランダはそうではない。植民地の回復のために、ずっと戦っている。もし戦争が無かったら、植民地はそのままだっただろう。(追記終わり)

国内サヨクは、慰安婦問題でも、昭和33年まで管理売春が行われて居たことを無視して、慰安婦の行動が制限されていたから強制だ、などと無茶苦茶な論理を展開している。管理売春では売春婦は従業員なのだから、拘束を受けるのは当たり前。とりわけ戦地では、被災地などと同じく、自由な行動などが許されるはずはない。
(戦後の国連決議の影響などから管理売春禁止となったが、最近ではむしろ管理売春は世界的に復活の傾向があるらしい。犯罪防止、性病防止の点でそのほうが安全なのだ)

最近じゃ、歴史を詳しくやられると困ると思ったか、朝日新聞は歴史科目を義務教育から外せなどとトンデモない主張を始めている(笑)。

参考・・1958年ベルギーの「人間動物園」の画像


人々はまるで珍しい動物を見るかのように黒人少女を見ている。欧米はアジアアフリカオセアニアを植民地にして、有色人種を家畜のように扱っていた。だから、人種差別というのとは厳密には違うのかもしれない。その中で日本(とトルコなど一部の国)だけが辛うじて抵抗しているという状況であった。これがまさにかつての世界の構造だったのだ。すっかり忘れられてはいるが。また国内サヨクは白人様の後ろ盾が欲しいから、こういった点は追及しないが。植民地は第二次大戦後独立していき、そういった構造はなくなりはしたが、人々の意識は急には変わらない。この写真がまさにそれを示している。


2b.当時の人種差別・・・主観的に

一方、日本人側の主観としても、それは認識され、警戒されていたのは周知の事実だろう。
「鬼畜米英」なんて言葉が使われていた。占領されれば、何をされるか分からない、と思われていた。必死の抵抗をするのも当然である。

その証拠の映像、8分10秒辺り

サイパン陥落時、日本の女性が死に場所を探し、身を投げている痛ましい映像である。彼女の死に、もちろん米側の責任はない。一方的な恐怖と屈辱への不安からやったことである。しかし、そういった主観があったことは事実なのだ。またそれに対応する歴史が合ったことも事実である。欧米の連中は、新大陸で原住民を絶滅に追いやり、遊びで殺していのだ。それは否定できない。彼ら自身が証言している。

そういった相手にどう対応するか。それはその文化によって違う。日本の女性は死を選んだ。

この映像は極めて貴重である。それは沖縄での「強制自決」というデタラメを否定する事が出来る。
一体、「強制自決」などどいう、言葉の遊びはどこから出たのか。「自決」はどうしても否定出来ない、しかし日本軍のせいにしたい、そういう意図からでっち上げられた言葉である。殺すだけなら、機関銃でも爆弾や砲弾でも簡単だ。しかし、それでは「自決」にならない。それで作られたのが「強制自決」。バカバカしいにも程があるが、それが戦後日本の「良識派」のやった事であった。


3.特攻は絶対悪か

個人主義が優勢な現代からみればそう見えるが、生物としてはどうなのか。
例えば、ミツバチは敵を攻撃するのにある種の特攻をする。刺した針は抜けず、その個体は生きてはいられない。種あるいはその集団の存続のために個体は死ぬ。DNAを残すためには合理的な行動である。特攻とは違うが、昨年北海道で雪の中父親が子供に覆い被さり亡くなった事件があった。これもDNAを残すための合理的な行動と見ることが出来る。人の持つ父性愛、家族愛を越えた、生物一般に共通する意味が含まれている。

仮に宇宙人が攻めてきて、人間を食料として狩り始め絶滅が危惧されたら、特攻してでも人類を残そうとする人が出てくるのではないだろうか。そういう場合、個人が生きのびても意味はない。実際アメリカ製映画でもそれに類似の表現が良く出てくる。スターウォーズ1作目の共和国軍のデススターへの攻撃はほとんど特攻に近い絶望的な攻撃である。インディペンデンスデイでも個人的な特攻がある。

日本の欧米に対する感覚が異星人に対するようなものであり、また白人の側に他人種を絶滅に追い込むことを躊躇わない姿勢が見えるならば、特攻の発想も不思議な事ではない。白人には特攻の発想はないと言うが、それは白人同士の戦いだったからではないだろうか。共通の文化圏、人種宗教内での戦いだったからでは。仮に黒人や中東の民族が欧州を占領しそうになってもしなかったと言えるのだろうか。よくアラブで起きている自爆テロは、基本にある発想はこういったことだろう。異教徒異民族の支配に服するよりは、いくらかでも敵を倒しての死を選ぶのだ。
(追記2015/8/20)
ブログに書いた事だが、2年前、石原慎太郎氏が予算委員会での質疑に立ち、自らの世界観に基づいて各種の質問をしたのだが、その中に、アメリカから見たドイツと日本を比較している所がある。その発言内容は、
・村松剛がアメリカに行った時、日本とドイツの終戦記念日のニューヨークタイムズの社説をもって帰り、それを読んだが対照的だったという話。「ドイツについては、この民族は非常に優秀だったがナチスによって道を間違えた、早く復興するために協力しよう、と書いていた。日本については、怪物ナマズから牙を抜いている図を書いて、この醜く危険な化け物は倒れはしたが、まだ生きている。我々は世界の為にこの化け物を解体しなくてはいけない」と書いていた。
つまり、ドイツはアメリカから見たら仲間、同じ人種だったのだ。日本人は人間じゃなかったらしい。(追記終わり)


4.特攻と通常攻撃の違いは?

世の中には、特攻だと生還できないが通常攻撃だと出来ると思いこんでる人がいて、口を極めて特攻を罵ったりする。しかし、海の上での戦いはさほど違わないのではないか。マリアナ沖海戦で撃墜された400機近くの航空機の乗員で生還出来た人がいるのだろうか。調べたわけじゃないが、多分いない。米側部隊からかなり離れた所から出撃して(アウトレンジ戦法)、米側部隊近くで待ち伏せで撃墜されているから、恐らくは帰還できていない。

これは米側にしたって同じだろう。海に漂う敵兵を救い出す余裕など普通はない。たまに艦船が沈められて近くに敵がいないと確認された時に救ったケースがあるようだが、極めて危険な行為ではある。駆逐艦「雷」の艦長工藤中佐が400名の英兵を救ったケースが有名。味方艦船が近くにいる場合だって助けられるとは限らない。船を止めて救助艇を出すのは危険だ。潜水艦や航空部隊の絶好の目標になる。海での戦いはそもそも命をかけている面がある。撃墜されあるいは撃沈されたら普通は助からない。平和時の船の遭難でも相当数が助からない。タイタニックで死者1500人、生存者700人。戦闘中ならなおさらである。陸での戦いと海での戦いは全く違う。戦艦大和や武蔵でも助かった乗員はごく僅かだ。独戦艦ビスマルクに撃沈された英戦艦フッドの乗員1400余名中助かったのは3名だという(ちなみにこの時は、ビスマルクに英艦隊が追撃戦・包囲戦をしているので、近辺に味方艦艇はいた)。


皇后美智子様の御歌
>    観音崎戦没船員の碑除幕式激しき雨の中にとり行われぬ
>
>かく濡れて遺族らと祈る更にさらにひたぬれて君ら逝(ゆ)き給ひしか


特攻などがなかった頃の通常の戦いでも、死を覚悟して戦っている。真珠湾攻撃で被弾した日本機が米側飛行場に突っ込んで自爆したケース、珊瑚海海戦で、偵察で米側艦隊を発見して帰る途中に味方航空機部隊と遭遇、燃料不足で帰還出来なくなるのを知りながら反転して部隊を敵艦隊まで誘導したケースがある。菅野機(菅野兼蔵飛曹長、後藤次男一飛曹、岸田清次郎一飛曹)。これが陸上ならどこかに不時着して逃げるという事も可能だろうが、海の上だと助けに捜索隊が来てくれるのなど期待出来ない。

まあ、非常に単純化していうと、通常攻撃でもほとんど死ぬのだ。だったら時間を掛けて通常攻撃の練習をして僅かな部隊を出すぐらいなら、速成訓練で大勢の特攻要員を作り攻撃した方が効果的とも言える。またいわゆるこういう特攻よりは、各地の島で行われた玉砕戦法の方が、はるかに人命のロスは大きい。大和特攻もそうだが。航空機の特攻は目立つせいか、かつての日本を侮辱するための材料にされすぎている。

(追記2015/8/1)
元寇においても、迎え撃った壱岐対馬の武士団は最後まで戦い全滅した。斉藤資定という武将は武器を使えなくなると石で戦い9人殺したと言い伝えられている(→「蒙古軍記」での描写)。このような鎌倉武士団の奮戦のために元軍は九州本島に橋頭堡を作れず、海上を数ヶ月も漂うこととなり撤退した。上陸戦においては、橋頭堡を作らせない事が防衛側の勝利条件であって、その後に台風の襲来があったかどうかは二次的な問題である。どこの海でも嵐は起こる。この時、南宋軍は数万の農民を帯同していたという。もし武士団が防衛に失敗していたら、その後の日本史は全く違うものになっただろう。今の日本人はいないかもしれない。

太平洋戦争でも似たような玉砕戦が起きた。そのため米軍は大変な損害を受けている。硫黄島と沖縄に限定しても死者が7千人と1万4千人、負傷者が2万人と7万人。そうやって国土を守ってきたのが日本人である。それが成功するか失敗するかはまた別問題。もし元寇防衛に失敗していたら、壱岐対馬の武士の死は無駄死にだったというのだろうか。そんな事はないだろう。各人はそれぞれの持ち場でベストを尽くす以外にやりようはない。そういった戦いの上に今の私たちの生活はある。失敗したことを嘲り笑い、先人の死をかけての戦いを否定する事は、自分の存在を否定するようなものである。(追記終わり)


5.「九死に一生」は可能か?

よくこの特攻について、生還の見込みが全くないのがいけない、ドイツがやったように九死に一生の可能性を残すべきだった、といった議論がある。

ドイツのケースというのは、エルベ特別攻撃隊で行われた爆撃機に対する体当たり戦法で、衝突と同時に脱出してパラシュートを開いて生還を期すというというものである。極めて危険ではあるが、生還出来ないわけじゃないというもの。戦争末期に1ヶ月ほど行われたが、大した効果はなく中止された。

日本の場合に、この九死に1生という形は可能なのか?
まず不可能である。ドイツとは以下のように状況が違う。

a.陸地の上空と海の上空との違い
b.ドイツ領内とアメリカ側勢力範囲内との違い
c.脱出高度の違い

d.対象が航空機と艦船との違い

大体はこれだけで分かると思うが、

a.脱出して降りた地が、陸か海かというのは決定的な違いである。ドイツはほぼ陸地の上空で戦っているわけだが、日本の場合艦船相手なので、海の上である。陸なら生還の可能性はかなりある。しかし海では難しい。無事に着水出来たとして、その後どうするのか。映画であったようにサメに食われるかもしれないし、漂流したままになるかもしれない。戦争中に捜索隊を出す余裕もないだろう。当時はヘリもない。

b.ドイツは本土防衛をしているのだから、脱出後着地した場所は、まずドイツ領内である。無事に着地できれば生還出来る。しかし、日本の特攻の場合、相手の艦隊が展開している場所に着水する事になる。米軍が波間に漂う日本パイロットを銃撃している映像もある。そうでなくても戦闘中にわざわざボートを出して助けてくれるはずもない。

c.爆撃機相手なら数千m上空での事になり、脱出できればパラシュートは開くだろう。しかし艦船相手であれば、海上スレスレであって、それは無理な話。海面にたたきつけられるだけの事になる。

d.対象が航空機であれば、多少外れて爆発しなくても尾翼などの一部でも破壊すれば効果はあるだろう(この映画でもそういった描写がある)。パイロットも脱出はしやすい。しかし、艦船なら、船尾などを僅かにかすったぐらいではほとんど意味はない。しっかり本体に当ててしかも爆発しないといけない。パイロットが生還出来る余地はない。

こういう状況で助かるなど奇跡でしかない。

(また、レマゲン鉄橋が米軍に奪われた時、その鉄橋を破壊する為に航空機による自爆攻撃が提案され、実際に志願した兵士もいたらしい。ただ、これは取りやめになっている。
 もう一つ付け加えると、日本は爆撃機相手の特攻はやっていない。個別にやったケースはあるようだが。日本に来たB29は、ドイツを爆撃したB17などより遙かに撃墜し辛かったにも拘わらず。夜間戦闘機などでなんとか対抗しようとした。これを見ても、日本の対応がドイツと比べて狂気じみていた、とは言えない。)

その他の決死的な、生還の可能性のある攻撃がありえたのかどうか。多分ないだろう。そんな事なら普通に攻撃すればいい。しかし、練度の低いパイロットはそれでは使えない。それは証明済みだった。太平洋戦争に入る前に、まさに月月火水木金金という猛練習をして熟練パイロットは産み出された。それはもはや無理な状況であった。

6.特攻は強制されたものだったのか?

これについては明確には答えられない。そういった例もあるかもしれないし、いわゆる「空気」で半強制的だったケースもあるかもしれない。しかし、残っている映像をみる限り、特攻機は撃たれても撃たれても敵艦船に肉薄しようとしている。いくらか被弾した段階で海に不時着する事もできただろうけど、そんな映像は見たことがない。中には前の映像にあるように、一旦爆弾を落とした上で、再度突っ込んでいるケースもある。多くのパイロットは逃げることなく敵艦船に向かっている。だからこそ、米側も恐怖感を抱いたのだ。対空砲で脅せば逃げ帰るようならば、面白いだけだっただろう。どの映像を見ても、そんなケースはない。

7.特攻は無駄死にだったのか?

平和な戦後から見れば、そこまでやることはないだろう、さっさと降伏して(あるいは戦争など始めないで)大人しくしてれば良かったじゃないか、という意見が出てくるのもしょうがない。しかしそれは非常に疑問。米軍と日本人の関係が、騎兵隊とインディアンの関係にならない保証などなかったから。

実際、アメリカ本土では日系人は収容所に入れられ、財産もなくしていた。日本の都市部に加えられた絨毯爆撃も、まず炎の壁で囲って逃げ場を無くし、その中に爆弾を投下して住民の殺戮を狙う方針で行われていた。これらは実際に起きたことで、インディアン殺戮・追放と感覚は変わらない。

こんな事を言うと、日本がまず真珠湾を攻撃したからだ、なんて反論をする人がいるかもしれないが、そもそもハワイだって、その僅か40年ほど前に王族を追放して併合したもので、全くのアメリカ視点の主張である。日本の朝鮮併合の10年ほど前。

日本が戦争を始めなかったら平和だった、と勝手に決めつける人がいるが、それは全く根拠がない。そう思いこんでるだけである。あるいはそう思いこまされたというのか。アメリカが言いがかりを付けては戦争を始める国だといのは、歴史をみればわかる。最近ではイラクがそうだった。インディアンだって、白人の本拠地の欧州を攻めたからやられたわけではない。何もしていないのに一方的に殺戮されたのだ。日本が黙っていても、間違いなく何か事件を起こして参戦したはず。
(追記2015/8/1)
ロンドン軍縮条約の無効化に伴い、アメリカは大建艦計画を発動し、多数の空母を建造していた。それが就役するのが昭和18年だと日本側も分かっていた。昭和16年に開戦したのはそういう意味もある。この時点ではまだ日本海軍が優勢だった。18年になってアメリカに喧嘩を吹っかけられたら勝ち目はない。ブログのページ参照
(追記終わり)

そもそもアメリカは事実上参戦していた。イギリスに駆逐艦や護衛空母部隊を貸与してドイツの潜水艦対策に効果を上げていた。直接米海軍が攻撃する事もあった。また、中国には義勇軍名目で戦闘機部隊のフライングタイガーズを派遣していた。真珠湾の前からで、パイロットはもちろん米兵である。こちらの部隊は実際に戦うのは真珠湾後だが、その前の9月から臨戦態勢に入っていた。

そういう状況の中で、日本ががむしゃらに戦った事の意味は何か。
幾つかあると思う。ただ、これは検証出来る筋合いのものではないので、全て推測になる。

  a.うっかり叩くと反撃も多大なものになると思わせたこと。
 これは特攻だけの問題ではないが。硫黄島上陸戦では、日本側守備隊2万名が玉砕したが、米軍も7千名が戦死、2万名が負傷した。ノルマンジー上陸以上の、大変な損害である。

 戦いにおいては相手を倒そうとすると自分たちも被害を受ける。たとえ負けても戦うのは意味があるのだ。そうでなければ、支配され一方的に虐殺される。今現にチベットで起きてる。日本は戦争以上の惨害を浴びていないから、なんでも戦争が最悪だと思っているが、そうではない。世界においては常識だが。日本人の戦争での死亡者は最大の推測でもせいぜい国民の5%である(当時の総人口7千万余りに対して、死者数の推定値の最大が310万)。あれだけの惨状にも拘わらず。しかし、凶悪な政府の支配ならば、これが跳ね上がる。中国は共産党政権で国民の1割以上を殺しているはず。チベット人は2割が殺されたらしい。カンボジアでは3分の1だとか。30年代のウクライナでは、飢餓輸出によって1千万前後が饑餓死に追いやられた。日本の戦争での死者の3倍である(総人口は恐らく、3〜4千万)。
(2015/8/4追記)
他の例を出すと、イギリスによるアイルランド収奪が凄まじい。19世紀初め植民地化されるのだが、19世紀半ばにジャガイモ飢饉が起きる。しかし、イギリスはアイルランドからの食料徴発を続けたため、当時の人口の2割が餓死、同程度がアイルランドから脱出して、人口は半減したらしい。今でもその影響のために、それ以前の人口に回復していないとか。トルコによるアルメニア人虐殺も20世紀初めに延々と続いている。正確な数とかは分からないが。アメリカインディアンの涙の行進では、女子供を含め、1900kmも歩かされ、数千人が死んだ。バターン死の行進なんて、たったの40kmを兵士が歩かされただけなのに大騒ぎしているが。とにかく異民族の支配下に服したら想像を絶する苦難が起きるということ。(追記終わり)


  b.戦後の米軍支配が比較的良心的だった事。
 何度も書いたように、アメリカのインディアン殺戮は凄まじい。しかし、戦後の日本支配ではそんな事にはならなかった。その意味は何か。冷戦への備えという事もあっただろう。全くの想像だが、特攻による戦闘精神を尊重したという事もあったのではないか。

 通常の戦後支配ではその国の国民が植民をして、元の住民を追い払う。イスラエルがパレスチナでやっているように、、あるいは、ソ連の国民が北方領土に来たように。日本ではそれは無かった。

 アメリカ人にとっては日本の国土は魅力的ではなかったという事もあっただろう。しかし、もしソ連や中国に分割支配を許していれば、必ずそうなっている。絶対に彼らは日本に国民を移民して旧来の日本人を追い出しているだろう。先祖伝来の土地を追われ、神社寺院墓地は破壊され、流民になっただろう。日本人はそんな経験がないから、想像するのも難しいが。中国は実際にウイグルやチベット、内モンゴルでやっている。またソ連の極東地域にいた朝鮮族は中央アジアに移住させられている。

 しかし、アメリカは分割支配を認めなかった。これだけは感謝すべきことだと思う。その理由が日本の敢闘精神を讃えてという事があったのではないか、というのは、私の全くの想像だが。

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